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広島高等裁判所岡山支部 昭和32年(ラ)18号 決定

抗告人 木村市太郎

主文

原審判を取り消す。

本件を岡山家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由は別紙のとおりである。

よつて案ずるに、

抗告人は事件本人亡久本春見から抗告人との間の養子縁組届出の委託を昭和十六年二月十日受けた旨主張する。そして、もしこれが委託又ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ関スル法律(昭和一五年法律第四号)第一条にいう「戸籍届出ノ委託」にあたるものと裁判所に確認されかつ戸籍吏が届出書を受理したとすれば、同法第三条に基き、抗告人と事件本人との間に事件本人が死亡した昭和十九年一月十二日から養子縁組関係が発生した趣旨の戸籍が存することとなるのはいうまでもない。

ところで、記録に徴せば、右昭和十九年一月十二日当時、抗告人にはその法定の推定家督相続人たる長男已があつたのであり、事件本人はその祖父久本元次郎の死亡により家督相続をして久本家の戸主であつたものである。

このような関係において、原審判は、民法附則第四条但し書、旧民法第八百三十九条本文第七百六十二条第二項本文に則り、抗告人と事件本人との間に旧民法上有効な養子縁組関係が成立することは不可能な状態であつたものと解し、前示法律第一条にいう「戸籍ノ届出」とは旧民法上有効な身分関係の形成を内容とする戸籍の届出を意味するとし、抗告人が委託を受けた戸籍の届出は前示法律第一条にいう「戸籍ノ届出」にあたるものではない、と解した。

ところで、委託による届出を確認する裁判にあたつては、原則として届出人(委託者)の死亡の時を基準として判断すべきであることはいうまでもなく、本件においても、事件本人の死亡の当時施行されていた旧民法の下においてであるならば、右確認の裁判にあたり、戸主であつた事件本人の他家入家についての条件たる、隠居、廃家等の手続履践の有無を審理すべきことは当然である。しかし、委託に関する届出の制度が、戸籍の届出をすることの困難な立場にあつた出征者等の意思を尊重するために認められた便宜的措置であることにかんがみるときは、すべての事項を死亡当時の基準によつて判断することは、制度本来の目的を没却する結果を招くおそれがある。のみならず、本件では右確認の裁判を新民法の下でする場合であつて、新民法は家の制度を廃止し、戸主は隠居をするか、または廃家しないかぎり他家に入ることができないことや法定推定家督相続人たる男子がある場合には男子を養子にすることができないという旧民法の制約を撤廃したのであるから、本件においては、これを重視し、養子縁組の要件に関しては新民法を適用すべく、当事者の意思を実現させることが前示委託に関する届出の制度の本来の趣旨及び新民法附則第四条本文の規定の精神にそうものと解すべきである。換言すれば、本件では委託確認の要件さえ具備すれば確認の審判をして差し支えないのである。

原審は誤つた解釈をし、委託確認の要件が具備したかどうかについては審理を尽していない。されば家事審判規則第十九条第一項に則り、原審判を取り消し、本件を原審たる岡山家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 高橋雄一 裁判官 小川宜夫)

抗告理由

岡山家庭裁判所は本件養子縁組委託確認申立事件につき左記理由によりその申立を却下した。

「委託者は昭和六年四月二四日戸主久本元次郎の死亡によつて、家督相続をなし、久本家の戸主となつているものである事実、又申立人には昭和四年五月二四日生れの長男已がある事実が認められる。

民法附則第四条によると旧民法によつて生じた効力を妨げないこととなつており、旧民法によれば戸主は家を廃して、たやすく他家に入り得ないものであり、又法定の推定家督相続人たる男子ある者は女婿とする場合の外は男子を養子となし得ないこととなつている。

戸籍届出の委託が有効なためには、その委託当時その届出が法律上許容されるものでなければならないと解されるが、申立人が本件委託を受けたのは昭和一六年二月一〇日であるというのであるから、その当時においては右記いずれの理由からしても委託者は申立人と養子縁組をして、申立人方へ入籍届出ができないのである。

一、然しながら「委託又ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ関スル件」法律の主旨とするところは、戸籍の届出をすることの困難な立場にあつた出征者の意思を尊重するために認められた便宜的な措置であることを考慮におき、旧民法が廃止せられた現在において、なお原判決が言うように、すべての事項を委託当時の基準によつて判断するときは、新民法下の現在において、本件のような場合には縁組の委託確認は絶体不可能となり、委託届出制度本来の目的を没却する結果となるものと言わなければならない。

二、また、本件の場合、原審判も認めているとおり、申立人が現実に委託者を引取つて養育していたもので、事実上養親子の関係にあり、ただその届出のみがなされていなかつたに過ぎないものであるにも拘らず前記委託確認の審判を却下したことは、一般身分法の原則である事実行為尊重の主旨にも反するものと言わなければならない。

三、思うに、委託届出法の主旨が、戸籍の届出をすることの困難な立場にあつた出征者の意思を尊重するために認められた便宜的な措置であり、委託届出法自体が民法及び戸籍法の原則を破つた臨時的、応急の立法であつて、届出に遡及効を与えたことが、極めて変則かつ便宜的なのであるから、この点に深くこだわることなく、確認をするときの法令を適用すべきものと考える。

このことは又、民法附則第四条の規定の趣旨から解釈しても明白であると信ずる。

随つて、委託者が例え、戸主であつても、又申立人に長男があつても、現在の民法を適用して委託確認の審判はでき得るものと言わなければならない。

四、なお、この点に関しては、戸籍実務について、次のような先例がある。

(イ)昭和二九年二月二日民事甲第二三三号法務省民事局長回答 戸主が他の家の者の養子となる縁組届出をなし、廃家手続未済のまま戦死した事案につき、新法施行後に右縁組届出委託の確認審判があつて、右審判に基く養子縁組の届出があつたときは、その届出は受理して差しつかえない。

(ロ)法務省、裁判所戸籍事務協議会 内縁の妻が戸主であつたので、旧民法によれば、直ちに夫の家に入る婚姻届は受理できなかつた出征軍人が、婚姻届の委託をなした場合、委託確認の審判ができるか。結論、委託確認の審判ができる。理由、(家庭裁判所)戸主は隠居をするか、または廃家しないかぎり、他家に入ることが出来ないという、旧法の制限は、新法では認めないのであるから、委託確認の要件さえ具備すれば、家庭裁判所は確認の審判をして差支えない。(最高裁家庭局)民法附則第四条本文の規定の精神にかんがみ、旧法施行当時に遡及して届出があつたものとみなされる婚姻の要件に関しては、新法を適用して差支えないものと解する。(法務省)委託による届出を受理すべきか否かについては、原則として、効力の発生する届出人の死亡の時を基準として判断すべきであつて、届出を受理する時を基準とすべきでないと考えられる。しかし、委託に関する届出の制度が、戸籍の届出をすることの困難な立場にあつた出征者の意思を尊重するために認められた、便宜的措置であることにかんがみるときは、すべての事項を死亡当時の基準によつて判断することは、制度本来の目的を没却する結果を招くおそれがある。

養子縁組の委託事件について、大審院が相手方たる養親の届出意見は、委託者たる養子の戦死の時までに確定されている必要はなく、戦死後初めてその意思が確定され、これに基いて、届出がなされた場合は、その届出を受理すべきであると判示(昭和一七年(裁)三二六)しているのもこの点を考慮したからであると考えられる。本問における女戸主との婚姻届の委託についても、旧民法の下において、届書が提出されるものであれば、その確認の裁判に当つて、戸主の他家入家についての条件たる隠居、廃家等の手続履践の有無につき審理されるべきは当然である。

しかし、右の裁判が新民法下においてなされる場合は、かかる家の制度を前提とする制約に拘泥することなく、これを確認し、その婚姻届書を受理して旧民法第七五四条二項の効果を生ぜしめ、当事者の婚姻意思を実現させることが制度本来の趣旨に添うものと解される。

以上の理由によつて抗告申立趣旨のとおりの裁判を求めます。

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